腦の情報伝達を左右する微量元素
腦神経系の情報伝達に関与する微量元素
脳の情報伝達を左右する微量元素
カルシウムは記憶形成や感覚伝達など脳のあらゆる神経系の情報伝達に関与する。ニューロンの興奮によって神経終末から放出される神経伝達物質がその受容体と結合すると、細胞質内のカルシウムイオン濃度が上昇する。この細胞内カルシウムイオン濃度の上昇は神経系の情報伝達のトリガーとして必要条件である。そのメカニズムは細胞内カルシウムイオンプールからの放出以外に、細胞外からのカルシウムイオンの流入によるものであり、例を挙げれば、ノルアドレナリン作動性ニューロンやコリン作動性ニューロンにおけるそれぞれノルアドレナリンやアセチルコリンとα1−受容体、ムスカリン受容体との結合によるカルシウムチャンネルからの細胞外カルシウムの流入、記憶学習の基礎過程として海馬シナプス終末におけるN−メチル−D−アスパラギン酸受容体(NMDA受容体)やnon−NMDA受容体のイオン型グルタミン酸受容体と代謝型グルタミン酸受容体とに大別されるグルタミン酸作動性受容体ファミリー、ATP作動性受容体、電位依存性カルシウムチャンネルなどからの細胞外カルシウムの流入(図1)、嗅覚情報伝達系におけるcAMP依存性カルシウムチャンネルやIP3作動性カルシウムチャンネルを介する細胞外カルシウムの流入などがある。この細胞内カルシウムイオン濃度の上昇がプロテインキナーゼC(PKC)、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼU(CaMキナーゼU)、チロシンリン酸化酵素(Fyn)などのタンパク質リン酸化酵素の活性化を高め、ある種のタンパク質のリン酸化を促進し、情報伝達に都合の良い立体配座を構築する。このように、情報伝達を媒介するカルシウムの補給は脳の活性化にとって極めて重要である。カルシウムの必要量は体重1 kg当たり10 mgとされているが、一日の所要量として800〜1000 mgが推奨される。カルシウム含量の多い食品として干しエビ、丸干しマイワシ、ヒジキ、脱脂粉乳、牛乳などがある。
亜鉛は記憶形成や感覚伝達など脳神経系の情報伝達に関与する神経調節因子(ニューロモヂュレーター)である。とくに記憶学習系では海馬シナプス終末における受容体やカルシウムチャンネルの調節因子である(図1)。すなわち、カルシウムイオン増大に関与するグルタミン酸やアスパラギン酸などの興奮性アミノ酸受容体(NMDA 受容体やnon-NMDA 受容体)、ATP作動性受容体、カリウムチャンネルを含む種々の電位作動性イオンチャンネルなどの活性化を調節する。そして、記憶・学習の基礎となる長期増強/長期抑制(LTP/LTD)の誘導、発現、持続には海馬亜鉛のホメオスタシスが重要である。また、亜鉛はPKCやCaM キナーゼUの活性を調節する。最近、PKC が亜鉛によって活性化されることがわかり、さらにこの酵素はCl ドメインに4 分子の亜鉛を配置(そのうちの2 つあるいは1 つはDNA-binding zinc finger 構造)した亜鉛金属酵素であることがわかってきた。脳内の亜鉛は酵素型(あるいは一般代謝型)貯蔵とイオン型貯蔵の二つの働きの異なる貯蔵形態で存在している。酵素型亜鉛は亜鉛金属酵素の構造に強固に取り込まれており、神経組織における特異的な役割は示さない。一方、イオン型亜鉛(Zn2+)はニューロンの分泌―情報伝達機能との関連が考えられる。脳内亜鉛の分布は、白質で最も低レベルを示し、歯状回や海馬で高レベルを示す。亜鉛は海馬ではCA1 やCA2 領域には少なく、門領域(CA4)およびCA3 セクター内に局在する苔状線維(mossy fiber)のシナプス終末に多含される。
亜鉛が欠乏すると、脳では前述のような脳神経情報伝達系の調節が不可能となり、学習記憶障害や嗅覚障害、味覚障害などの感覚障害を誘発する。亜鉛欠乏に伴って脳内微量金属は著しく変動する。とくに、海馬においてはアルミニウム、嗅覚系(嗅球、嗅上皮など)においてはカルシウムの著しい蓄積が観察される。従って、亜鉛欠乏による種々の脳障害の発症には有意に変動する他の微量元素による可能性も考慮しなければならない。また、亜鉛欠乏以外に、ある種の薬物暴露やアルツハイマー病においてみられる記憶学習障害には亜鉛が重要な関わりをもっている。亜鉛キレート剤、トリアルキル錫、エンケファリンなどの外来性薬物により海馬亜鉛が消失する。また、内因的には周産期の甲状腺機能低下が海馬苔状線維亜鉛の低下を引き起こす。記憶学習障害の代表的疾患であるアルツハイマー病患者の前頭葉ならびに側頭葉の皮質での亜鉛量は正常人と比べて差がないが、海馬亜鉛量は正常人に比べて低値を示す(ちなみに、アルツハイマー病患者の海馬のアルミニウムやシリコンは正常人より高値を示す)。亜鉛の一日必要量は10-15 mgとされている。亜鉛を多く含む食品には、高含量の順にカキ(魚介類)、イワシ煮干し、小麦胚芽、干しタラ、カワノリ、カニ、ゴマ、干しシイタケなどがある。
銅はノルアドレナリン生成に関与するカテコールアミン産生酵素の成分であり、その欠乏はカテコールアミン作動機構への影響ばかりでなく、チトクロームオキシダーゼ活性の阻害、リン脂質合成の抑制から中枢神経系の脱髄を引き起こし、運動失調など中枢神経障害を誘発する。銅欠乏の要因はメンケス(Menkes) 病などの遺伝性銅代謝異常以外は後天性の栄養学的欠乏であるが、長期経腸栄養あるいは長期経静脈栄養、生体の銅需要亢進、銅吸収不全症候群、吸収阻害物質摂取(多量の亜鉛、大量ビタミンC摂取など)、排泄増加(ネフローゼ症候群、ステロイド長期服用、銅キレート薬長期投与など)などによる医原性の欠乏が主であり、通常の食事摂取にて銅欠乏症にはならないとされる。銅の一日必要量は1.0-2.8 mgとされている。銅を多く含む食品には高含量の順にカキ(魚介類)、牛レバー、ほたるいか、ずわいがに、カシューナッツなどがある。
この他、微量元素の欠乏による脳障害として、カルシウム/マグネシウム欠乏による副甲状腺機能亢進とアルミニウムの脳内蓄積がある。また逆に、脳内の微量元素の過剰による疾患として、前述の海馬アルミニウムの過剰蓄積が見られるアルツハイマー病、脳中にカルシウム、アルミニウム、マンガンが高値を示し、とくに原線維変性した神経細胞にカルシウム、アルミニウムの沈着が見られる筋萎縮性側索硬化症(ALS )、脳中にマンガン多含の痴呆患者、銅の脳への過剰蓄積によるウイルソン(Wilson)病、マンガン中毒によるパーキンソン症候群、有機錫(とくにトリアルキル錫)暴露に見られる記憶学習障害や嗅覚障害の誘発と海馬亜鉛の消失や嗅覚系カルシウムの過剰蓄積などがあり、微量元素と脳機能とが密接に関連していることを示唆している。
カルシウムは記憶形成や感覚伝達など脳のあらゆる神経系の情報伝達に関与する。ニューロンの興奮によって神経終末から放出される神経伝達物質がその受容体と結合すると、細胞質内のカルシウムイオン濃度が上昇する。この細胞内カルシウムイオン濃度の上昇は神経系の情報伝達のトリガーとして必要条件である。そのメカニズムは細胞内カルシウムイオンプールからの放出以外に、細胞外からのカルシウムイオンの流入によるものであり、例を挙げれば、ノルアドレナリン作動性ニューロンやコリン作動性ニューロンにおけるそれぞれノルアドレナリンやアセチルコリンとα1−受容体、ムスカリン受容体との結合によるカルシウムチャンネルからの細胞外カルシウムの流入、記憶学習の基礎過程として海馬シナプス終末におけるN−メチル−D−アスパラギン酸受容体(NMDA受容体)やnon−NMDA受容体のイオン型グルタミン酸受容体と代謝型グルタミン酸受容体とに大別されるグルタミン酸作動性受容体ファミリー、ATP作動性受容体、電位依存性カルシウムチャンネルなどからの細胞外カルシウムの流入(図1)、嗅覚情報伝達系におけるcAMP依存性カルシウムチャンネルやIP3作動性カルシウムチャンネルを介する細胞外カルシウムの流入などがある。この細胞内カルシウムイオン濃度の上昇がプロテインキナーゼC(PKC)、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼU(CaMキナーゼU)、チロシンリン酸化酵素(Fyn)などのタンパク質リン酸化酵素の活性化を高め、ある種のタンパク質のリン酸化を促進し、情報伝達に都合の良い立体配座を構築する。このように、情報伝達を媒介するカルシウムの補給は脳の活性化にとって極めて重要である。カルシウムの必要量は体重1 kg当たり10 mgとされているが、一日の所要量として800〜1000 mgが推奨される。カルシウム含量の多い食品として干しエビ、丸干しマイワシ、ヒジキ、脱脂粉乳、牛乳などがある。
亜鉛は記憶形成や感覚伝達など脳神経系の情報伝達に関与する神経調節因子(ニューロモヂュレーター)である。とくに記憶学習系では海馬シナプス終末における受容体やカルシウムチャンネルの調節因子である(図1)。すなわち、カルシウムイオン増大に関与するグルタミン酸やアスパラギン酸などの興奮性アミノ酸受容体(NMDA 受容体やnon-NMDA 受容体)、ATP作動性受容体、カリウムチャンネルを含む種々の電位作動性イオンチャンネルなどの活性化を調節する。そして、記憶・学習の基礎となる長期増強/長期抑制(LTP/LTD)の誘導、発現、持続には海馬亜鉛のホメオスタシスが重要である。また、亜鉛はPKCやCaM キナーゼUの活性を調節する。最近、PKC が亜鉛によって活性化されることがわかり、さらにこの酵素はCl ドメインに4 分子の亜鉛を配置(そのうちの2 つあるいは1 つはDNA-binding zinc finger 構造)した亜鉛金属酵素であることがわかってきた。脳内の亜鉛は酵素型(あるいは一般代謝型)貯蔵とイオン型貯蔵の二つの働きの異なる貯蔵形態で存在している。酵素型亜鉛は亜鉛金属酵素の構造に強固に取り込まれており、神経組織における特異的な役割は示さない。一方、イオン型亜鉛(Zn2+)はニューロンの分泌―情報伝達機能との関連が考えられる。脳内亜鉛の分布は、白質で最も低レベルを示し、歯状回や海馬で高レベルを示す。亜鉛は海馬ではCA1 やCA2 領域には少なく、門領域(CA4)およびCA3 セクター内に局在する苔状線維(mossy fiber)のシナプス終末に多含される。
亜鉛が欠乏すると、脳では前述のような脳神経情報伝達系の調節が不可能となり、学習記憶障害や嗅覚障害、味覚障害などの感覚障害を誘発する。亜鉛欠乏に伴って脳内微量金属は著しく変動する。とくに、海馬においてはアルミニウム、嗅覚系(嗅球、嗅上皮など)においてはカルシウムの著しい蓄積が観察される。従って、亜鉛欠乏による種々の脳障害の発症には有意に変動する他の微量元素による可能性も考慮しなければならない。また、亜鉛欠乏以外に、ある種の薬物暴露やアルツハイマー病においてみられる記憶学習障害には亜鉛が重要な関わりをもっている。亜鉛キレート剤、トリアルキル錫、エンケファリンなどの外来性薬物により海馬亜鉛が消失する。また、内因的には周産期の甲状腺機能低下が海馬苔状線維亜鉛の低下を引き起こす。記憶学習障害の代表的疾患であるアルツハイマー病患者の前頭葉ならびに側頭葉の皮質での亜鉛量は正常人と比べて差がないが、海馬亜鉛量は正常人に比べて低値を示す(ちなみに、アルツハイマー病患者の海馬のアルミニウムやシリコンは正常人より高値を示す)。亜鉛の一日必要量は10-15 mgとされている。亜鉛を多く含む食品には、高含量の順にカキ(魚介類)、イワシ煮干し、小麦胚芽、干しタラ、カワノリ、カニ、ゴマ、干しシイタケなどがある。
銅はノルアドレナリン生成に関与するカテコールアミン産生酵素の成分であり、その欠乏はカテコールアミン作動機構への影響ばかりでなく、チトクロームオキシダーゼ活性の阻害、リン脂質合成の抑制から中枢神経系の脱髄を引き起こし、運動失調など中枢神経障害を誘発する。銅欠乏の要因はメンケス(Menkes) 病などの遺伝性銅代謝異常以外は後天性の栄養学的欠乏であるが、長期経腸栄養あるいは長期経静脈栄養、生体の銅需要亢進、銅吸収不全症候群、吸収阻害物質摂取(多量の亜鉛、大量ビタミンC摂取など)、排泄増加(ネフローゼ症候群、ステロイド長期服用、銅キレート薬長期投与など)などによる医原性の欠乏が主であり、通常の食事摂取にて銅欠乏症にはならないとされる。銅の一日必要量は1.0-2.8 mgとされている。銅を多く含む食品には高含量の順にカキ(魚介類)、牛レバー、ほたるいか、ずわいがに、カシューナッツなどがある。
この他、微量元素の欠乏による脳障害として、カルシウム/マグネシウム欠乏による副甲状腺機能亢進とアルミニウムの脳内蓄積がある。また逆に、脳内の微量元素の過剰による疾患として、前述の海馬アルミニウムの過剰蓄積が見られるアルツハイマー病、脳中にカルシウム、アルミニウム、マンガンが高値を示し、とくに原線維変性した神経細胞にカルシウム、アルミニウムの沈着が見られる筋萎縮性側索硬化症(ALS )、脳中にマンガン多含の痴呆患者、銅の脳への過剰蓄積によるウイルソン(Wilson)病、マンガン中毒によるパーキンソン症候群、有機錫(とくにトリアルキル錫)暴露に見られる記憶学習障害や嗅覚障害の誘発と海馬亜鉛の消失や嗅覚系カルシウムの過剰蓄積などがあり、微量元素と脳機能とが密接に関連していることを示唆している。