保健機能食品としての微量元素
「保健機能食品の有効性と安全性」 新聞に特別寄稿
<特別寄稿>
サプリメントと健康
―微量元素の生体内撹乱にみる保健機能食品の有効性と安全性―
荒川 泰昭
日本微量元素学会理事長、日本免疫毒性学会理事、日本微量栄養素学会理事
厚生労働省(財)日本健康・栄養食品協会学術専門委員
静岡県立大学教授
Availability and Safety of Food with Health Claims in the Sight of Disruption of Trace Element Balance
Yasuaki ARAKAWA
Department of Hygiene & Preventive Medicine, Faculty of Health Sciences,
The University of Shizuoka,
52-1 Yada, Suruga-ku, Shizuoka-shi, Shizuoka 422-8526, Japan
―微量元素の生体内撹乱にみる保健機能食品の有効性と安全性―
荒川 泰昭
日本微量元素学会理事長、日本免疫毒性学会理事、日本微量栄養素学会理事
厚生労働省(財)日本健康・栄養食品協会学術専門委員
静岡県立大学教授
Availability and Safety of Food with Health Claims in the Sight of Disruption of Trace Element Balance
Yasuaki ARAKAWA
Department of Hygiene & Preventive Medicine, Faculty of Health Sciences,
The University of Shizuoka,
52-1 Yada, Suruga-ku, Shizuoka-shi, Shizuoka 422-8526, Japan
栄養学的欠乏や内分泌撹乱などの内在的要因や環境化学物質、微量元素、薬物の暴露や過剰摂取などの外来的要因によって、生体内の微量元素バランスは撹乱を生じ、これが免疫、脳機能、内分泌などの生体機能に多大の影響を与え、機能不全や疾病発症の要因となる。
本稿では、我々の過去における知見を例に挙げながら、この「微量元素の撹乱による疾病の発症」という事実を栄養機能食品(とくにミネラル、微量元素)の有効性や安全性の評価に照合し、1)量(欠乏、過剰、感受性)、2)蓄積、3)相互作用の3つの観点から、今後の保健機能食品の有効性や安全性の評価における問題点を考察する(図1)。
以下、微量元素の欠乏ならびに過剰の代表的な事例として、免疫系、脳神経系、内分泌系においてそれぞれ類似症状を誘発する亜鉛欠乏ならびに有機スズ暴露を取り上げ、解説する。
免疫系では、亜鉛欠乏においても有機スズ暴露においても免疫不全を誘発するが、いずれの場合においても免疫中枢の胸腺において胸腺Caの過剰蓄積が見られ、これがエンドヌクレアーゼを活性化し、DNAを切断し、T-リンパ球のアポトーシスを誘発する現象が見られる。
脳神経系において、記憶系では、亜鉛欠乏においても有機スズ暴露においても記憶障害を誘発するが、いずれの場合においても記憶中枢の海馬において海馬Feの過剰蓄積が見られ、これが酸化ストレスによる活性酸素の生成促進を誘発する現象が見られる。すなわち、過剰Feがフェントン反応を介してヒドロキシルラジカル(HO・)の生成を促進し、神経細胞のアポトーシスを誘発する現象が見られる。また、有機スズ暴露では海馬(CA3およびCA4領域の)Znの消失と同時に記憶障害が見られる。亜鉛はCaチャンネルにおいて促進あるいは抑制を司るモジュレーターであると考えられ、Znの消失はCaチャンネルの機能障害を誘発し、記憶伝達を障害する。
嗅覚系では、亜鉛欠乏においても有機スズ暴露においても嗅覚障害を誘発するが、いずれの場合においても嗅覚中枢の嗅球において嗅球Caの過剰蓄積が見られ、これがエンドヌクレアーゼを活性化し、DNAを切断し、嗅覚神経細胞のアポトーシスを誘発する現象が見られる。
以上の事例をまとめると、免疫系においても脳神経系においても入り口は欠乏あるいは過剰という全く相反する要因でありながら最終的には類似の症状を発現し、しかもその症状発現は最初の要因(ストレッサー)によるものではなく、二次的に派生する要因、例えば特定の微量元素の蓄積によるものであることが観察される。
さらに、通常の量の概念では説明し難い感受性の問題がある。微量元素、とくに金属はアレルギーに深く関わっており、その発症はアレルギー性機序による場合と非アレルギー性機序による場合がある。プラチナ、ロジウム、ニッケル、クロム、コバルトのような感作性金属は主としてT型アレルギー性機序により皮膚炎、鼻炎、喘息、結膜炎、蕁麻疹を起こす。しかし、ニッケル、クロム、コバルトのように必須金属で、反応性に富む遷移金属に属するものと、プラチナ、ロジウムのように貴金属と呼ばれる白金族元素とは感作性という点では大きく異なる。アルミニウム、バナジウムなどの金属は非アレルギー性機序により症状を発現させる。
次に、微量元素間の相互作用に由来する症状発現について紹介する。癌免疫においても微量元素の欠乏や過剰は免疫系の破綻を誘発するが、癌患者における微量元素の動態を健常者との比較で血清中濃度を見ると、Cu/Znの値が進行癌、再発癌で顕著に高値を示す。また、この現象はストレスにおいても同様に見られ、Cu/Zn値が顕著に高値を示す。また、前述の亜鉛欠乏や有機スズ暴露においても、免疫系や脳機能系において同様の現象が見られる。いずれの場合も、銅と亜鉛は拮抗し、銅濃度が上昇し、亜鉛濃度が減少している。Cu/Zn値が1.5以上になると、亜鉛欠乏状態になる。このように、微量元素間における相互作用は症状発現に大きく関与している。
保健機能食品には栄養機能食品と特定保健用食品とに分けられるが、ミネラル、微量元素は栄養機能食品の範疇に入る。しかも、現実的にはサプリメントの形で供給されることが多い。この栄養機能食品は規格基準型であり、一日当たりの摂取目安量に含まれる機能表示成分量が規定された上限値と下限値を満たすものでなければならない。表示内容としては、栄養成分の含有表示および機能表示が可能である。現在、Zn、Cu、Fe、Ca、Mgの5種が栄養機能食品として認められている。
1)亜鉛製剤やサプリメントによる褥瘡の治療、2)鉄不応性・銅欠乏性貧血(好中球減少)の銅添加流動食の効果、3)難治性湿疹、創傷、亜鉛欠乏などにおける亜鉛(および鉄)サプリメントの効果など、治療効果が報告される一方、4)第6次改定所要量に準じた銅・亜鉛添加濃厚流動食使用下で見られるCuの過剰摂取、Znの吸収抑制など、微量元素間の相互作用(拮抗、増強、減弱)や5)微量元素と薬物との相互作用、6)食物成分と薬物との相互作用など、考慮すべき問題点も浮上している。
すなわち、摂取時に微量元素間の相互作用(とくに拮抗作用)に配慮を要するものとしては、カルシウムとマグネシウム、セレン、亜鉛、鉄、亜鉛と銅、鉄、カルシウム、セレンと亜鉛、鉄とマグネシウムなどの組合せの場合である。とくに、カルシウムとマグネシウム、亜鉛と銅の場合は拮抗作用に配慮が必要である。
微量元素と薬物との相互作用については、亜鉛、鉄、カルシウム、マグネシウムなどと数多くの薬剤との組合せが存在し、両者の吸収阻害、薬効減弱、不溶性あるいは難溶性の塩形成、キレート形成、排泄促進などの相互作用を引き起こす。食物成分と薬物との相互作用についても同様に、食品中のミネラル成分と薬剤の錯体形成による吸収阻害や薬効減弱がみられる。
元素には有益性元素と有害性元素があり、これらの有用性や安全性を評価するには量の設定が必要である。有益性元素には欠乏症の存在があり、推奨量(あるいは所要量RDA)の設定が必要である。また、有害性元素には中毒症の存在があり、許容限界量(RfD)の設定が必要である。現在、表1に示すように摂取基準・規格基準が設定されているが、前述の我々の知見でも示したように、保健機能食品の使用や有効性・安全性の評価に当たっては、1)量(欠乏、過剰、感受性)、2)蓄積、3)相互作用の3つの観点から考察することが肝要である(図1)。
また、今後の課題として、1)現在使用されている多くのRDA、RfDの設定をより正確にするために、現在用いられている摂取量(投与量)から順次、さらに正確な吸収量・血中量<臓器中量<奏効部位量<有効成分作用量で表わされるようにする。最も正確な量の基本は作用量である。2)各元素の蓄積性や中毒を予測可能にすべく、予め算出してガイドラインを設定する。すなわち、標的臓器の体内蓄積量と摂取期間から中毒の閾値を求め、生物学的半減期(T1/2)と一日摂取量と摂取期間から蓄積性や中毒を予測する。3)微量元素間、微量元素と薬物間の相互作用を@吸収・分布過程、A代謝過程、B薬理作用部位・作用過程などの各ステージにおいて検討し(図2)、相互作用に関するガイドラインを作成する。などが挙げられる。
本稿では、我々の過去における知見を例に挙げながら、この「微量元素の撹乱による疾病の発症」という事実を栄養機能食品(とくにミネラル、微量元素)の有効性や安全性の評価に照合し、1)量(欠乏、過剰、感受性)、2)蓄積、3)相互作用の3つの観点から、今後の保健機能食品の有効性や安全性の評価における問題点を考察する(図1)。
以下、微量元素の欠乏ならびに過剰の代表的な事例として、免疫系、脳神経系、内分泌系においてそれぞれ類似症状を誘発する亜鉛欠乏ならびに有機スズ暴露を取り上げ、解説する。
免疫系では、亜鉛欠乏においても有機スズ暴露においても免疫不全を誘発するが、いずれの場合においても免疫中枢の胸腺において胸腺Caの過剰蓄積が見られ、これがエンドヌクレアーゼを活性化し、DNAを切断し、T-リンパ球のアポトーシスを誘発する現象が見られる。
脳神経系において、記憶系では、亜鉛欠乏においても有機スズ暴露においても記憶障害を誘発するが、いずれの場合においても記憶中枢の海馬において海馬Feの過剰蓄積が見られ、これが酸化ストレスによる活性酸素の生成促進を誘発する現象が見られる。すなわち、過剰Feがフェントン反応を介してヒドロキシルラジカル(HO・)の生成を促進し、神経細胞のアポトーシスを誘発する現象が見られる。また、有機スズ暴露では海馬(CA3およびCA4領域の)Znの消失と同時に記憶障害が見られる。亜鉛はCaチャンネルにおいて促進あるいは抑制を司るモジュレーターであると考えられ、Znの消失はCaチャンネルの機能障害を誘発し、記憶伝達を障害する。
嗅覚系では、亜鉛欠乏においても有機スズ暴露においても嗅覚障害を誘発するが、いずれの場合においても嗅覚中枢の嗅球において嗅球Caの過剰蓄積が見られ、これがエンドヌクレアーゼを活性化し、DNAを切断し、嗅覚神経細胞のアポトーシスを誘発する現象が見られる。
以上の事例をまとめると、免疫系においても脳神経系においても入り口は欠乏あるいは過剰という全く相反する要因でありながら最終的には類似の症状を発現し、しかもその症状発現は最初の要因(ストレッサー)によるものではなく、二次的に派生する要因、例えば特定の微量元素の蓄積によるものであることが観察される。
さらに、通常の量の概念では説明し難い感受性の問題がある。微量元素、とくに金属はアレルギーに深く関わっており、その発症はアレルギー性機序による場合と非アレルギー性機序による場合がある。プラチナ、ロジウム、ニッケル、クロム、コバルトのような感作性金属は主としてT型アレルギー性機序により皮膚炎、鼻炎、喘息、結膜炎、蕁麻疹を起こす。しかし、ニッケル、クロム、コバルトのように必須金属で、反応性に富む遷移金属に属するものと、プラチナ、ロジウムのように貴金属と呼ばれる白金族元素とは感作性という点では大きく異なる。アルミニウム、バナジウムなどの金属は非アレルギー性機序により症状を発現させる。
次に、微量元素間の相互作用に由来する症状発現について紹介する。癌免疫においても微量元素の欠乏や過剰は免疫系の破綻を誘発するが、癌患者における微量元素の動態を健常者との比較で血清中濃度を見ると、Cu/Znの値が進行癌、再発癌で顕著に高値を示す。また、この現象はストレスにおいても同様に見られ、Cu/Zn値が顕著に高値を示す。また、前述の亜鉛欠乏や有機スズ暴露においても、免疫系や脳機能系において同様の現象が見られる。いずれの場合も、銅と亜鉛は拮抗し、銅濃度が上昇し、亜鉛濃度が減少している。Cu/Zn値が1.5以上になると、亜鉛欠乏状態になる。このように、微量元素間における相互作用は症状発現に大きく関与している。
保健機能食品には栄養機能食品と特定保健用食品とに分けられるが、ミネラル、微量元素は栄養機能食品の範疇に入る。しかも、現実的にはサプリメントの形で供給されることが多い。この栄養機能食品は規格基準型であり、一日当たりの摂取目安量に含まれる機能表示成分量が規定された上限値と下限値を満たすものでなければならない。表示内容としては、栄養成分の含有表示および機能表示が可能である。現在、Zn、Cu、Fe、Ca、Mgの5種が栄養機能食品として認められている。
1)亜鉛製剤やサプリメントによる褥瘡の治療、2)鉄不応性・銅欠乏性貧血(好中球減少)の銅添加流動食の効果、3)難治性湿疹、創傷、亜鉛欠乏などにおける亜鉛(および鉄)サプリメントの効果など、治療効果が報告される一方、4)第6次改定所要量に準じた銅・亜鉛添加濃厚流動食使用下で見られるCuの過剰摂取、Znの吸収抑制など、微量元素間の相互作用(拮抗、増強、減弱)や5)微量元素と薬物との相互作用、6)食物成分と薬物との相互作用など、考慮すべき問題点も浮上している。
すなわち、摂取時に微量元素間の相互作用(とくに拮抗作用)に配慮を要するものとしては、カルシウムとマグネシウム、セレン、亜鉛、鉄、亜鉛と銅、鉄、カルシウム、セレンと亜鉛、鉄とマグネシウムなどの組合せの場合である。とくに、カルシウムとマグネシウム、亜鉛と銅の場合は拮抗作用に配慮が必要である。
微量元素と薬物との相互作用については、亜鉛、鉄、カルシウム、マグネシウムなどと数多くの薬剤との組合せが存在し、両者の吸収阻害、薬効減弱、不溶性あるいは難溶性の塩形成、キレート形成、排泄促進などの相互作用を引き起こす。食物成分と薬物との相互作用についても同様に、食品中のミネラル成分と薬剤の錯体形成による吸収阻害や薬効減弱がみられる。
元素には有益性元素と有害性元素があり、これらの有用性や安全性を評価するには量の設定が必要である。有益性元素には欠乏症の存在があり、推奨量(あるいは所要量RDA)の設定が必要である。また、有害性元素には中毒症の存在があり、許容限界量(RfD)の設定が必要である。現在、表1に示すように摂取基準・規格基準が設定されているが、前述の我々の知見でも示したように、保健機能食品の使用や有効性・安全性の評価に当たっては、1)量(欠乏、過剰、感受性)、2)蓄積、3)相互作用の3つの観点から考察することが肝要である(図1)。
また、今後の課題として、1)現在使用されている多くのRDA、RfDの設定をより正確にするために、現在用いられている摂取量(投与量)から順次、さらに正確な吸収量・血中量<臓器中量<奏効部位量<有効成分作用量で表わされるようにする。最も正確な量の基本は作用量である。2)各元素の蓄積性や中毒を予測可能にすべく、予め算出してガイドラインを設定する。すなわち、標的臓器の体内蓄積量と摂取期間から中毒の閾値を求め、生物学的半減期(T1/2)と一日摂取量と摂取期間から蓄積性や中毒を予測する。3)微量元素間、微量元素と薬物間の相互作用を@吸収・分布過程、A代謝過程、B薬理作用部位・作用過程などの各ステージにおいて検討し(図2)、相互作用に関するガイドラインを作成する。などが挙げられる。