微量元素の免疫系に果たす役割
微量元素の免疫系における増殖、分化成熟、細胞死への関与
微量元素の免疫系に果たす役割
免疫系の最大の特徴は免疫応答を本質的に担っているリンパ球の増殖・分化・細胞死がクローンのレベルで制御されていることである。すなわち、リンパ球クローンの運命は免疫系を構成する細胞間の相互作用によって決定される。
このような免疫系の細胞間相互作用に対して微量元素は直接的に、あるいは間接的に作用する。すなわち、微量元素はそれぞれがもつ生理活性に依存して直接に、あるいは細胞内代謝(ホメオスタシス)や細胞応答関与の酵素、サイトカイン、ホルモンなどの活性化機構やシグナル伝達機構への影響を介して免疫応答を修飾する。
特に亜鉛、鉄、銅、セレンなどの必須微量元素は種々の酵素、サイトカイン、ホルモンなどの活性中心として存在する場合が多い。従って、生体におけるこれら必須微量元素の生理的異常が種々の領域における免疫異常を誘発することは容易に 考えられることである。
本稿では命題である“免疫と微量元素”を免疫応答を本質的に担っているリンパ球の増殖、分化、細胞死の各領域からとらえ、微量元素がそれぞれの領域にいかに重要に関わっているかを紹介する。
T 微量元素の欠乏と免疫不全
亜鉛、鉄、銅、セレンなどの必須微量元素の欠乏は種々の免疫能の低下を誘発する。亜鉛欠乏による免疫不全の特徴は胸腺ならびに胸腺依存性リンパ組織の選択的萎縮とそれに伴う細胞性免疫の不全である。亜鉛欠乏は腸性肢端皮膚炎のような遺伝性欠乏症ばかりでなく、種々の栄養状態(低栄養、高カロリー輸液栄養時、血液透析時、薬物治療時などの医原性のもの)、生理的状態(妊娠時,老年期)、疾病状態(慢性アルコール中毒、肺疾患、腸疾患、進行癌,鎌型赤血球症など)によっても誘発される。これら遺伝性欠乏症、獲得性欠乏症(急性欠乏症)ならびに慢性欠乏症に共通した主要症状の一つは重篤な免疫不全とそれに伴う易感染性である。
鉄欠乏の患者ではT細胞数の減少、リンパ球のマイトーゲンによる幼若化能の低下、遅延型皮膚反応の低下などのT細胞機能の抑制やマクロファージ遊走阻止因子(MIF)の産生能の減退などマクロファージ機能の抑制がみられる。また、白血球とくに好中球の殺菌能の低下もみられるが、これは食細胞中のハイドロオキシラジカルの産生減少によるものと考えられている。
銅の欠乏でもT細胞の数の減少やT細胞のマイトーゲンに対する反応性の低下や混合リンパ球培養(MLC)反応の低下などT細胞機能の抑制がみられる。また、銅欠乏による白血球とくに好中球の数の低下や殺菌能の低下がみられる。この好中球の減少機序は不明だが、骨髄での顆粒球の成熟障害が関係すると考えられている。
セレン欠乏では白血球のグルタチオンペルオキシダーゼの活性低下を招き、リポキシゲナーゼ系などを介する酸化的障害から、殺菌能の低下、貧食能の低下、免疫能への影響が考えられる。
U 細胞死と微量元素
細胞死にはその原因により壊れ方が形態的に異なるネクローシス(necrosis,壊死)とアポトーシス(apoptosis)という2つの形がある。微量元素関与の細胞死においても両者が観察されるが、その形態は原因や細胞のタイプや種類により異なる。
1.酵素代謝系障害
亜鉛、鉄、銅、セレンなどはそれぞれ多くの酵素の活性中心として存在する。従って、これらの元素の欠乏あるいは生理的異常は直接細胞のホメオスタシスを破綻し、細胞障害を引き起こし、細胞死誘発の要因となる。
2.リンパ球アポトーシスへの関与
胸腺内におけるリンパ球の分化過程において、アポトーシス機構の存在は生物学的に重要な意義をもつ。このアポトーシスを誘発する原因は多種多様であるが、一般に細胞増殖に必要な因子、すなわち増殖因子、各種サイトカイン、ホルモン、亜鉛イオンなどの欠損や過剰刺激によって増殖抑制の状態が続く場合に起こる。リンパ球のアポトーシス誘導の機序については目下激しい研究競争が展開されているが、カルシウム流入の増大、Cキナーゼ(Zn結合)の関与、カルシウムの過剰蓄積によるエンドヌクレアーゼの活性化、エンドヌクレアーゼ活性化によるDNA切断、死に関する遺伝子としてzinc-fingerドメインを有し、DNAと結合する蛋白質と膜蛋白質の存在などが知見として得られている。特にリンパ球のフェナントロリン誘導アポトーシスが亜鉛の添加によって阻害されることから、亜鉛の関与が重要とされる。また、Tリンパ球はO2−やNOなどの活性酸素によってもアポトーシスを起こす。この酸化ストレスによるアポトーシスには活性酸素消去システムとしてスーパーオキシドジスムターゼ(SOD、活性中心にCu-Zn、FeあるいはMnをもつ)、カタラーゼ(Fe結合、H2O2分解酵素)、それにグルタチオンペルオキシダーゼ(Se結合)などが関与しており、これらの活性関与元素の生理的異常が直接に細胞を酸化ストレスへと導き、免疫応答の修飾や細胞死を誘発することは容易に考えられることである。
V T細胞の増殖と微量元素
前述の如く,亜鉛,鉄,銅などの微量元素の免疫系への関与はT細胞系において顕著である。従って,以下,T細胞の増殖と微量元素の関わりを最も関与の強い亜鉛を中心に解説する。
1.リンパの活性化
リンパ球は種々の非特異的なマイトーゲン(mitogen)によって多クローン性の活性化を受け,分化増殖(トランスホーメーション,transformation)する。このトランスホーメーションには亜鉛が必須である。さらに亜鉛はマイトーゲンとしても働き,リンパ球のDNA合成やRNA合成を増大させ,最終的にトランスホーメーションを誘導する。
2.増殖情報伝達系への関与
細胞増殖の促進に関与するシグナル伝達系には大別してcAMP,Ca2+,DG,IP3などのセカンドメッセンジャーを介する系とチロシンリン酸化を初期反応とする系とがある。最近このセカンドメッセンジャーを介する系に続くプロテインキナーゼC(PKC)が亜鉛によって活性化されることがわかった。そして,さらにこの酵素はC1ドメインに4分子の亜鉛を配置(2つあるいは1つのDNA-binding zinc-finger構造をもつ)した亜鉛金属酵素であることがわかってきた。また,増殖系とは関係ないが,このPKCを介したキラーT細胞の機能的な活性化も報告され始めている。これらの事実は前述の亜鉛によるリンパ球の活性化の機序における亜鉛の関わり方の機序などを説明するための重要な知見の1つである。
3.胸腺萎縮
前述の如く,亜鉛欠乏によって細胞性免疫の中枢臓器である胸腺ならびに胸腺依存性リンパ組織の著しい萎縮が誘発される。この萎縮は胸腺細胞の消失によるものであるが,亜鉛の補給によって可逆的に回復する。 従って,この萎縮は亜鉛欠乏に伴う酵素活性の低下など細胞内代謝の障害や細胞増殖の抑制に起因した細胞死によるものであろうと考えられる。
W T細胞の分化・成熟と微量元素
免疫システムは簡単に言えば非自己排除の機構であり,T細胞における自己非反応性の獲得が免疫システムの中心である。このT細胞の機能の獲得は胸腺内で行われ,骨髄幹細胞から派生したT前駆細胞はネガティブセレクション,デフォルト細胞死,ポジティブセレクションを経て分化・成熟し,胸腺を出て末梢へ到達する。この分化・成熟プログラムの過程で,種々の分化抗原が胸腺膜表面に発現され,それぞれの機能をもったT細胞が形成される。このT細胞の分化・成熟に最も強く関与しているのは亜鉛である。
1.T細胞膜表面抗原
亜鉛欠乏によりT細胞の膜表面抗原は著しく変動する。この胸腺細胞の分化・成熟過程の異常からくる質的変化は重篤な免疫不全を誘発するが、この抗原発現の変化はこれに関わる胸腺ホルモン(血中サイムリンなど)が亜鉛を含有することからも推測できるように,亜鉛欠乏に伴うホルモン活性の低下によるものであろうと思われる。また、亜鉛欠乏によりアポトーシスに関与する未分化細胞の割合が著増するが、これは前述の胸腺萎縮すなわち胸腺細胞の消失という量的変化を裏付けるものである。
2.血中サイムリン活性
血中サイムリンは胸腺から分泌され,T細胞の増殖や分化を促進する胸腺ホルモンの一種であり,亜鉛を結合したノナペプチドである。未熟細胞におけるThy1,1抗原の発現やCD4あるいはCD8抗原を持つ成熟細胞の活性化などの作用をもち,亜鉛を失うことによってその活性が消失する。事実、亜鉛欠乏によって血中サイムリン活性は有意に低下し,末梢血T細胞のThy1,1抗原が著減する。
免疫系の最大の特徴は免疫応答を本質的に担っているリンパ球の増殖・分化・細胞死がクローンのレベルで制御されていることである。すなわち、リンパ球クローンの運命は免疫系を構成する細胞間の相互作用によって決定される。
このような免疫系の細胞間相互作用に対して微量元素は直接的に、あるいは間接的に作用する。すなわち、微量元素はそれぞれがもつ生理活性に依存して直接に、あるいは細胞内代謝(ホメオスタシス)や細胞応答関与の酵素、サイトカイン、ホルモンなどの活性化機構やシグナル伝達機構への影響を介して免疫応答を修飾する。
特に亜鉛、鉄、銅、セレンなどの必須微量元素は種々の酵素、サイトカイン、ホルモンなどの活性中心として存在する場合が多い。従って、生体におけるこれら必須微量元素の生理的異常が種々の領域における免疫異常を誘発することは容易に 考えられることである。
本稿では命題である“免疫と微量元素”を免疫応答を本質的に担っているリンパ球の増殖、分化、細胞死の各領域からとらえ、微量元素がそれぞれの領域にいかに重要に関わっているかを紹介する。
T 微量元素の欠乏と免疫不全
亜鉛、鉄、銅、セレンなどの必須微量元素の欠乏は種々の免疫能の低下を誘発する。亜鉛欠乏による免疫不全の特徴は胸腺ならびに胸腺依存性リンパ組織の選択的萎縮とそれに伴う細胞性免疫の不全である。亜鉛欠乏は腸性肢端皮膚炎のような遺伝性欠乏症ばかりでなく、種々の栄養状態(低栄養、高カロリー輸液栄養時、血液透析時、薬物治療時などの医原性のもの)、生理的状態(妊娠時,老年期)、疾病状態(慢性アルコール中毒、肺疾患、腸疾患、進行癌,鎌型赤血球症など)によっても誘発される。これら遺伝性欠乏症、獲得性欠乏症(急性欠乏症)ならびに慢性欠乏症に共通した主要症状の一つは重篤な免疫不全とそれに伴う易感染性である。
鉄欠乏の患者ではT細胞数の減少、リンパ球のマイトーゲンによる幼若化能の低下、遅延型皮膚反応の低下などのT細胞機能の抑制やマクロファージ遊走阻止因子(MIF)の産生能の減退などマクロファージ機能の抑制がみられる。また、白血球とくに好中球の殺菌能の低下もみられるが、これは食細胞中のハイドロオキシラジカルの産生減少によるものと考えられている。
銅の欠乏でもT細胞の数の減少やT細胞のマイトーゲンに対する反応性の低下や混合リンパ球培養(MLC)反応の低下などT細胞機能の抑制がみられる。また、銅欠乏による白血球とくに好中球の数の低下や殺菌能の低下がみられる。この好中球の減少機序は不明だが、骨髄での顆粒球の成熟障害が関係すると考えられている。
セレン欠乏では白血球のグルタチオンペルオキシダーゼの活性低下を招き、リポキシゲナーゼ系などを介する酸化的障害から、殺菌能の低下、貧食能の低下、免疫能への影響が考えられる。
U 細胞死と微量元素
細胞死にはその原因により壊れ方が形態的に異なるネクローシス(necrosis,壊死)とアポトーシス(apoptosis)という2つの形がある。微量元素関与の細胞死においても両者が観察されるが、その形態は原因や細胞のタイプや種類により異なる。
1.酵素代謝系障害
亜鉛、鉄、銅、セレンなどはそれぞれ多くの酵素の活性中心として存在する。従って、これらの元素の欠乏あるいは生理的異常は直接細胞のホメオスタシスを破綻し、細胞障害を引き起こし、細胞死誘発の要因となる。
2.リンパ球アポトーシスへの関与
胸腺内におけるリンパ球の分化過程において、アポトーシス機構の存在は生物学的に重要な意義をもつ。このアポトーシスを誘発する原因は多種多様であるが、一般に細胞増殖に必要な因子、すなわち増殖因子、各種サイトカイン、ホルモン、亜鉛イオンなどの欠損や過剰刺激によって増殖抑制の状態が続く場合に起こる。リンパ球のアポトーシス誘導の機序については目下激しい研究競争が展開されているが、カルシウム流入の増大、Cキナーゼ(Zn結合)の関与、カルシウムの過剰蓄積によるエンドヌクレアーゼの活性化、エンドヌクレアーゼ活性化によるDNA切断、死に関する遺伝子としてzinc-fingerドメインを有し、DNAと結合する蛋白質と膜蛋白質の存在などが知見として得られている。特にリンパ球のフェナントロリン誘導アポトーシスが亜鉛の添加によって阻害されることから、亜鉛の関与が重要とされる。また、Tリンパ球はO2−やNOなどの活性酸素によってもアポトーシスを起こす。この酸化ストレスによるアポトーシスには活性酸素消去システムとしてスーパーオキシドジスムターゼ(SOD、活性中心にCu-Zn、FeあるいはMnをもつ)、カタラーゼ(Fe結合、H2O2分解酵素)、それにグルタチオンペルオキシダーゼ(Se結合)などが関与しており、これらの活性関与元素の生理的異常が直接に細胞を酸化ストレスへと導き、免疫応答の修飾や細胞死を誘発することは容易に考えられることである。
V T細胞の増殖と微量元素
前述の如く,亜鉛,鉄,銅などの微量元素の免疫系への関与はT細胞系において顕著である。従って,以下,T細胞の増殖と微量元素の関わりを最も関与の強い亜鉛を中心に解説する。
1.リンパの活性化
リンパ球は種々の非特異的なマイトーゲン(mitogen)によって多クローン性の活性化を受け,分化増殖(トランスホーメーション,transformation)する。このトランスホーメーションには亜鉛が必須である。さらに亜鉛はマイトーゲンとしても働き,リンパ球のDNA合成やRNA合成を増大させ,最終的にトランスホーメーションを誘導する。
2.増殖情報伝達系への関与
細胞増殖の促進に関与するシグナル伝達系には大別してcAMP,Ca2+,DG,IP3などのセカンドメッセンジャーを介する系とチロシンリン酸化を初期反応とする系とがある。最近このセカンドメッセンジャーを介する系に続くプロテインキナーゼC(PKC)が亜鉛によって活性化されることがわかった。そして,さらにこの酵素はC1ドメインに4分子の亜鉛を配置(2つあるいは1つのDNA-binding zinc-finger構造をもつ)した亜鉛金属酵素であることがわかってきた。また,増殖系とは関係ないが,このPKCを介したキラーT細胞の機能的な活性化も報告され始めている。これらの事実は前述の亜鉛によるリンパ球の活性化の機序における亜鉛の関わり方の機序などを説明するための重要な知見の1つである。
3.胸腺萎縮
前述の如く,亜鉛欠乏によって細胞性免疫の中枢臓器である胸腺ならびに胸腺依存性リンパ組織の著しい萎縮が誘発される。この萎縮は胸腺細胞の消失によるものであるが,亜鉛の補給によって可逆的に回復する。 従って,この萎縮は亜鉛欠乏に伴う酵素活性の低下など細胞内代謝の障害や細胞増殖の抑制に起因した細胞死によるものであろうと考えられる。
W T細胞の分化・成熟と微量元素
免疫システムは簡単に言えば非自己排除の機構であり,T細胞における自己非反応性の獲得が免疫システムの中心である。このT細胞の機能の獲得は胸腺内で行われ,骨髄幹細胞から派生したT前駆細胞はネガティブセレクション,デフォルト細胞死,ポジティブセレクションを経て分化・成熟し,胸腺を出て末梢へ到達する。この分化・成熟プログラムの過程で,種々の分化抗原が胸腺膜表面に発現され,それぞれの機能をもったT細胞が形成される。このT細胞の分化・成熟に最も強く関与しているのは亜鉛である。
1.T細胞膜表面抗原
亜鉛欠乏によりT細胞の膜表面抗原は著しく変動する。この胸腺細胞の分化・成熟過程の異常からくる質的変化は重篤な免疫不全を誘発するが、この抗原発現の変化はこれに関わる胸腺ホルモン(血中サイムリンなど)が亜鉛を含有することからも推測できるように,亜鉛欠乏に伴うホルモン活性の低下によるものであろうと思われる。また、亜鉛欠乏によりアポトーシスに関与する未分化細胞の割合が著増するが、これは前述の胸腺萎縮すなわち胸腺細胞の消失という量的変化を裏付けるものである。
2.血中サイムリン活性
血中サイムリンは胸腺から分泌され,T細胞の増殖や分化を促進する胸腺ホルモンの一種であり,亜鉛を結合したノナペプチドである。未熟細胞におけるThy1,1抗原の発現やCD4あるいはCD8抗原を持つ成熟細胞の活性化などの作用をもち,亜鉛を失うことによってその活性が消失する。事実、亜鉛欠乏によって血中サイムリン活性は有意に低下し,末梢血T細胞のThy1,1抗原が著減する。