柿の環境ストレス応答 −高温ストレスおよびイラガ食害に対する応答−|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

「生命と微量元素」講座

柿の環境ストレス応答

柿の高温ストレスおよびイラガ食害に対する応答  2019年8月

8月に入り、連日35℃以上の猛暑日が続く中、お盆過ぎに柿の葉が全て消失し、裸木となった。高温ストレス応答による適応現象「葉ふるい」と思っていたが、望遠カメラで見ると数か所で、単独のイラガの幼虫が発見された。小枝に残る葉の残骸(食害痕)から、葉の消失は、高温ストレス応答によるものだけでなく、イラガの幼虫による食害も同時に進行していたことが判断された。しかし、その10日後の8月末には、柿の適応力あるいは生命力は強く、瞬く間に木全体に葉を再生した。
■ 柿の高温ストレス応答
▼ 見事な高温環境への適応!
今年は、柿が連日35度以上の高温ストレスに応答して、いったん葉をふるい、すぐに(1週間後には)葉を再生した。見事な高温環境への適応である。葉のふるいは適応のための自己防衛機能による代償作用であり、葉の再生は適応のための自己再生機能自己治癒機能であろう。
▼ 高温ストレス応答のメカニズム
環境変動への応答において、動物と植物が根本的に異なることは、動物が体内の状態を常に一定に保ち(恒常性の維持)、生存に必須の各種生体反応を行い、生命を維持しているのに対して、植物は環境に応じて体の状態を積極的に変化させ、適応すべく代償作用(自己防衛機能)によって生命を維持していることである。すなわち、環境ストレスによる健康阻害を最小限に抑え、生存に必須の化学反応を維持するために、自らの代謝反応を変化させたり、別の化学反応で代替させている。

とくに、環境温度の変動においては、生物はそれぞれ固有の最適生体温度をもっているが,外界の温度が最適生体温度の閾値を超えると,植物では光合成系の損傷・生体膜の損傷によるイオンや低分子化合物の透過性の増大・種々の酵素の失活・タンパク質の変性など、生理機能の低下によって細胞活動に深刻な障害を誘起する。

温度ストレスの内、高温によってもたらされる損傷や機能低下を「高温ストレス」というが、植物は一般に環境温度の上昇に応答して、高温ストレスの影響を緩和する生体防御機構を持っている。低レベルの高温では、遺伝子の発現レベルで調節される耐性(遺伝的変異を伴わない馴化または適応)が発現される。光合成系にもこの適応機構が働き、温度の上昇に伴い光化学系Uの熱安定性が増大する。しかし、光合成は、高温感受性が強く、高レベルの高温では、高温ストレスの影響を受けやすい。とくに、光化学系Uが最も不安定であり,酸素発生を触媒するマンガンクラスターが崩壊し,マンガンイオンが解離することによって失活する。今回のカキの「葉ふるい」の現象は、連日35℃ 以上の高温日射による光合成過程への高温ストレスの影響、すなわち炭酸同化効率量子収率が低下し、葉力体に損傷が生じたことによるものと思われる。
また、細胞の致死温度に近い高レベルの高温35〜45℃レベルになると、熱ショックタンパク質という一群のタンパク質の発現が特異的に誘導される。この熱ショック応答において、ある種の熱ショックタンパク質を欠損すると高温耐性が減少することから、熱ショックタンパク質の発現誘導は高温ストレスに対する重要な生体防御機構の一つであると考えられている(東京大学と理化学研究所の共同研究グループ)。
すなわち、植物は環境の変化に適応するため、状況に応じてさまざまな遺伝子(防御遺伝子)を活性化するが、高温ストレスに対する適応では、熱ショック転写因子(HSF)が中枢制御因子として働くことが知られている。HSF(HsfA1)が高温ストレス応答のマスター転写因子であり、これを活性化することで、熱ショックタンパク質(HSP)や種々の転写因子の発現が誘起される。HsfA1は常に少量存在しており、植物が高温ストレスを感知すると速やかに活性化される。活性化したHsfA1は熱ショックタンパク質(HSP)などの防御遺伝子に加え、他のHSFをはじめとする転写因子群の発現も誘導し、一気に高温ストレス応答を増幅する。これまで、高温ストレス時にHsfA1が活性化するメカニズムや、HsfA1の活性化だけで高温ストレス応答を誘発できるのか否かについては、十分解明されていなかったが、最近、HsfA1タンパク質の活性制御領域リージョン1)が見つかり、ストレスがない時にはHsfA1の活性を強く抑制するが、高温ストレス時にはその機能を弱め、HsfA1の活性化を促す、すなわち高温ストレスによって活性化するというHsfA1特有の仕組みを生み出す領域であることが判明した(篠崎和子東大教授らの共同研究グループ)。

以上のように、高温ストレスに対する応答には、防御遺伝子であるHSP遺伝子群の発現などタンパク質の一次構造の変化による熱耐性の獲得という進化的な適応や、熱ショックタンパク質の発現誘導などタンパク質の変性を防ぐ(もしくは変性から回復するのを助ける)タンパク質の発現など、高温ストレス応答を促進する働きとそれを制御する厳密な制御機構が存在し、これらのバランスが壊れた時、タンパク質の変性や複合体の解離などによる機能喪失を生じ、健康阻害が誘導されるものと思われる。

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレスによる「葉ふるい」(左)とその回復(右)

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレスによる「葉ふるい」(左)とその回復(右)
■ 柿のイラガ食害
イラガ(刺蛾、Monema flavescens)はチョウ目イラガ科に属し、その幼虫は柿の葉を食べる代表的な害虫である。イラガの幼虫は、東日本では7〜8月頃に最も多く発生し、体長は2cm程度で、ウミウシのような多くの棘(トゲ)を持っている。体色は、緑色や薄茶色など種類も多く、黄緑色の体の背中に紫褐色のひょうたん形の模様があるイラガや青色の斑点が連なっているヒロへリアオイラガなどが代表的であるというが、今回見つかったものは鮮やかな黄緑色幼虫である。若い幼虫は葉裏から表皮を残して食べるため、食害部分は白い斑点や白く透けた状態になるが、成長した幼虫は葉全体を食べるので、体長が1cmを超える頃になると、枝全体に拡散して食害し、多発すると葉がほとんど無くなるという。

成長した幼虫は、(白くて褐色の線模様のある硬い卵状の殻)になって冬を越し、硬い繭の中でさなぎになり、6月頃に羽化する。羽化したイラガ成体は、口吻が退化しているため、何も食べず、寿命も1〜2週間程度しかない。その短い期間のなかで、成虫(蛾)は柿などの葉にを産みつけ、東日本では7〜8月頃に孵化する。発生した幼虫は8月中旬から9月にかけて葉を食い荒らしながら生長し、被害を与えるというサイクルを繰り返すという。

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿のイラガ食害

柿の高温ストレス応答

柿の高温ストレス応答

葉の再生
■ 8月の東京・世田谷区の天気

8月の東京・世田谷区の天気

8月の東京・世田谷区の天気

<気象庁過去データ参考>あああああ

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