亜鉛とスズの相性
亜鉛欠乏と有機スズ暴露の相関
亜鉛とスズの相性
私が亜鉛と出合ったのは、40年以上も前のことになります。細胞表面の相互作用や膜情報伝達系の解析を糖蛋白質や多糖類などの構造解析を中心に免疫生化学的に研究しておりましたが、スズ(とくに有機スズ)による免疫不全、胸腺萎縮の発見に端を発して、胸腺リンパ球の増殖抑制、各種がん細胞に対する制がん作用などの発見の過程で、細胞増殖抑制作用のメカニズムを研究しておりました。
当時、細胞増殖機構を最も端的に解析する手段としてリンパ球の幼若化反応(トランスフォーメーション)を利用しておりました。ある時、微量元素絡みで胸腺リンパ球の浮遊液に亜鉛、カルシウム、ATPなどを加えますと、細胞内へのカルシウムの流入増大と共に、一夜にしてリンパ球が活性化し増殖することを見つけました。増殖抑制機構の解析という本命の仕事を優先させたため、定番の活性化剤を使い、これらのリンパ球の増殖因子についてはそれ以上深く追究しませんでしたが、これが20年後、他の増殖細胞において亜鉛がカルシウムチャンネルの調節因子であることが明らかとなり、また最近ではセカンドメッセンジャーとしての働きが明らかとなるにつれ、もっと欲深い研究をしておればと残念な思いをしたことを思い出します。
その後、スズ(とくに有機スズ)の免疫系、脳神経系、内分泌系への生理作用を明らかにしていく過程で、すべてに亘ってスズの作用点に亜鉛が呼応していることが分かって参りました。逆に言えば、スズは外来物ですので、亜鉛の介在する生体機能のすべてにスズが拮抗的に絡んでいることが分かって参りました。
そこで、スズの研究と並行して亜鉛の研究を始めました。すると、亜鉛欠乏の症状と有機スズ暴露の症状が常に一致することが分かりました。すなわち、免疫系ではT細胞性免疫不全、胸腺萎縮、Tリンパ球の増殖抑制と細胞死など、また脳神経系では海馬亜鉛の消失と記憶学習障害、嗅球へのカルシウムの過剰蓄積と嗅覚障害など−これはまさにアルツハイマー病の併発症状です−が誘発されます。
ちなみに、脳の亜鉛は海馬のCA3,CA4領域に局在する苔状線維(mossy fiber)のシナプス終末に多含され、カルシウムチャンネルの調節因子として代謝型グルタミン酸受容体、NMDA受容体、電位依存性カルシウムチャンネルには抑制的に働き、ATP受容体やnon−NMDA受容体には活性的に働きますが、有機スズの暴露によってこれらの海馬亜鉛が消失してしまいます。すなわち、苔状線維の亜鉛結合部位(SH基)に結合していた亜鉛が有機スズに置き換えられてしまいます。この時、当然のことながら記憶学習障害が誘発されます。
また、内分泌系では、精巣萎縮やライディッヒ細胞の損傷脱落によるテストステロンの分泌低下が共通に誘発されます。精細管が萎縮し、精子形成が阻害されます。さらに、最近の成人男性の精子数が20〜30年前と比べて激減しているようですが、これも亜鉛が有機スズなどの環境ホルモンによって置換され、亜鉛欠乏状態あるいは作用点での亜鉛機能阻害を引き起こしているためであろうと推察されます。
さらに、有機スズによる海洋汚染では、有機スズは最終的に食品中で最も亜鉛を多含する海のカキに集積し、その結合部位はSH基を持った亜鉛結合部位です。
以上のように、亜鉛とスズの作用点は非常に共通しており、スズは亜鉛の作用する機能にどこまでも絡んで参ります。この両者の関係は亜鉛関与の生命科学や生体機能を追究する上で極めて興味ある関係だと思います。
ひと昔前、国際会議で特別講演を何度も共にした放射医化学で高名なCardarelli らが提唱しておりました「胸腺がスズの主な貯蔵庫であり、スズは胸腺内で癌細胞に作用する循環性のスズステロイドに作り変えられ、亜鉛との相乗あるいは拮抗のもとに発癌に対する生体防御において重要な役割を演じている」という仮説も、その後の再確認はされておりませんが、彼らも亜鉛とスズの相性を感じ取っていたのかもしれません。
この亜鉛とスズとの相性を老化という観点から考えてみますと、亜鉛欠乏あるいは有機スズ暴露という2つの異なる環境悪化に起因する病的老化の誘導プロセスで、入口は違ってもどこか共通の接点が存在するために共通の症状(老化現象)が引き起こされているのだと思われます。その1つが亜鉛結合部位での亜鉛とスズの置き換わり、あるいは作用点での亜鉛機能阻害による「組織的な亜鉛欠乏状態」なる現象の誘発であろうと思われます。
そして、両者において誘発される現象(病的老化)は、それぞれの機能や形態における生理的老化と同じ現象(生理的老化の修飾)であり、この現象を発現する要因こそが老化プロセスとの接点であると思われます。そして、両者において共通に見られる要因の中で、生体に不利益な反応または物質の蓄積、例えば「カルシウム、銅、鉄など金属の過剰蓄積」、「情報伝達の誤り」なども老化を誘発する“不利効果の蓄積”の1つと見なすことが出来るのではないでしょうか。
当時、細胞増殖機構を最も端的に解析する手段としてリンパ球の幼若化反応(トランスフォーメーション)を利用しておりました。ある時、微量元素絡みで胸腺リンパ球の浮遊液に亜鉛、カルシウム、ATPなどを加えますと、細胞内へのカルシウムの流入増大と共に、一夜にしてリンパ球が活性化し増殖することを見つけました。増殖抑制機構の解析という本命の仕事を優先させたため、定番の活性化剤を使い、これらのリンパ球の増殖因子についてはそれ以上深く追究しませんでしたが、これが20年後、他の増殖細胞において亜鉛がカルシウムチャンネルの調節因子であることが明らかとなり、また最近ではセカンドメッセンジャーとしての働きが明らかとなるにつれ、もっと欲深い研究をしておればと残念な思いをしたことを思い出します。
その後、スズ(とくに有機スズ)の免疫系、脳神経系、内分泌系への生理作用を明らかにしていく過程で、すべてに亘ってスズの作用点に亜鉛が呼応していることが分かって参りました。逆に言えば、スズは外来物ですので、亜鉛の介在する生体機能のすべてにスズが拮抗的に絡んでいることが分かって参りました。
そこで、スズの研究と並行して亜鉛の研究を始めました。すると、亜鉛欠乏の症状と有機スズ暴露の症状が常に一致することが分かりました。すなわち、免疫系ではT細胞性免疫不全、胸腺萎縮、Tリンパ球の増殖抑制と細胞死など、また脳神経系では海馬亜鉛の消失と記憶学習障害、嗅球へのカルシウムの過剰蓄積と嗅覚障害など−これはまさにアルツハイマー病の併発症状です−が誘発されます。
ちなみに、脳の亜鉛は海馬のCA3,CA4領域に局在する苔状線維(mossy fiber)のシナプス終末に多含され、カルシウムチャンネルの調節因子として代謝型グルタミン酸受容体、NMDA受容体、電位依存性カルシウムチャンネルには抑制的に働き、ATP受容体やnon−NMDA受容体には活性的に働きますが、有機スズの暴露によってこれらの海馬亜鉛が消失してしまいます。すなわち、苔状線維の亜鉛結合部位(SH基)に結合していた亜鉛が有機スズに置き換えられてしまいます。この時、当然のことながら記憶学習障害が誘発されます。
また、内分泌系では、精巣萎縮やライディッヒ細胞の損傷脱落によるテストステロンの分泌低下が共通に誘発されます。精細管が萎縮し、精子形成が阻害されます。さらに、最近の成人男性の精子数が20〜30年前と比べて激減しているようですが、これも亜鉛が有機スズなどの環境ホルモンによって置換され、亜鉛欠乏状態あるいは作用点での亜鉛機能阻害を引き起こしているためであろうと推察されます。
さらに、有機スズによる海洋汚染では、有機スズは最終的に食品中で最も亜鉛を多含する海のカキに集積し、その結合部位はSH基を持った亜鉛結合部位です。
以上のように、亜鉛とスズの作用点は非常に共通しており、スズは亜鉛の作用する機能にどこまでも絡んで参ります。この両者の関係は亜鉛関与の生命科学や生体機能を追究する上で極めて興味ある関係だと思います。
ひと昔前、国際会議で特別講演を何度も共にした放射医化学で高名なCardarelli らが提唱しておりました「胸腺がスズの主な貯蔵庫であり、スズは胸腺内で癌細胞に作用する循環性のスズステロイドに作り変えられ、亜鉛との相乗あるいは拮抗のもとに発癌に対する生体防御において重要な役割を演じている」という仮説も、その後の再確認はされておりませんが、彼らも亜鉛とスズの相性を感じ取っていたのかもしれません。
この亜鉛とスズとの相性を老化という観点から考えてみますと、亜鉛欠乏あるいは有機スズ暴露という2つの異なる環境悪化に起因する病的老化の誘導プロセスで、入口は違ってもどこか共通の接点が存在するために共通の症状(老化現象)が引き起こされているのだと思われます。その1つが亜鉛結合部位での亜鉛とスズの置き換わり、あるいは作用点での亜鉛機能阻害による「組織的な亜鉛欠乏状態」なる現象の誘発であろうと思われます。
そして、両者において誘発される現象(病的老化)は、それぞれの機能や形態における生理的老化と同じ現象(生理的老化の修飾)であり、この現象を発現する要因こそが老化プロセスとの接点であると思われます。そして、両者において共通に見られる要因の中で、生体に不利益な反応または物質の蓄積、例えば「カルシウム、銅、鉄など金属の過剰蓄積」、「情報伝達の誤り」なども老化を誘発する“不利効果の蓄積”の1つと見なすことが出来るのではないでしょうか。
不確実性の取り扱いについて
荒川 泰昭
日本免疫毒性学会 名誉会員
日本微量元素学会 前理事長
日本微量栄養素学会 名誉会員
厚労省(独)労働安全衛生総合研究所 客員
日本免疫毒性学会 名誉会員
日本微量元素学会 前理事長
日本微量栄養素学会 名誉会員
厚労省(独)労働安全衛生総合研究所 客員