亜鉛と細胞性免疫|「生命と微量元素」講座<荒川泰昭>

「生命と微量元素」講座

亜鉛と細胞性免疫

亜鉛と細胞性免疫(増殖、分化・成熟、細胞死の領域から)

亜鉛と細胞性免疫
 亜鉛は微量元素の中で最も免疫系に関与する元素である。与えられた命題「亜鉛と細胞性免疫」では、亜鉛と免疫系との関わりについて、リンパ球を最初にT系列の細胞へと運命づける中枢の臓器・胸腺を中心に、免疫系の最大の特徴でもあり免疫応答を本質的に担い、クローンのレベルで制御されているリンパ球の増殖、分化成熟・細胞死の3つの領域から紹介する。
 細胞性免疫の中枢は胸腺であるが、亜鉛欠乏によって著しい胸腺萎縮を誘発する。しかも、胸腺の機能的活性は最も感受性が高く増殖の盛んな未熟細胞から成る皮質に依存しているが(髄質リンパ球は感受性が低く、ダメッジが少ない)、胸腺萎縮の大半はその皮質リンパ球の減少によるものである。すなわち、亜鉛欠乏による免疫不全の特徴は胸腺ならびに胸腺依存性リンパ組織の選択的萎縮とそれに伴う細胞性免疫の不全である。
 増殖の領域では、亜鉛はT細胞の増殖に関与する酵素:protein kinase(PKC)、DNA polymerase、RNA polymerase、thymidine kinase などの活性中心にあり、亜鉛欠乏においては当然これらの酵素活性は低下し、代謝あるいは増殖が抑制され、最終的には細胞死が誘導される。
 分化・成熟の領域では、T細胞産生は胎生期のT細胞分化の時期が最も盛んであるが、亜鉛は未熟細胞における抗原発現や成熟細胞の活性化などのホルモン活性をもつ胸腺ホルモン(thymosinなど)や血清中胸腺ホルモン因子(thymulin)などの活性中心にあり、亜鉛欠乏によってホルモン活性が低下し、T細胞膜表面抗原の完全な抗原形成が妨げられる。すなわち、免疫システムの中心はT細胞の自己非反応性の獲得であるが、亜鉛欠乏によって胸腺内における種々の分化抗原の膜表面への発現、それぞれの機能をもったT細胞の形成などが阻害され、自己・非自己の識別機構が攪乱される。
 細胞死の領域では、亜鉛は分化過程において重要な存在である細胞死(アポトーシス)機構の生理的調節に関与しているが、亜鉛欠乏によってこれらが攪乱される。亜鉛関与の細胞死には大別してネクローシスnecrosisとアポトーシスapoptosis の2つの形態があり、その誘発経路にはカスパーゼ依存性経路とカスパーゼ非依存性経路があるが、亜鉛による細胞死は細胞内Zn2+ 濃度によってその経路が規定される。すなわち、生理的許容濃度ではカスパーゼ調節性(抑制性)結合部位に結合し、カスパーゼの活性化を抑制し、アポトーシスを制御している。亜鉛欠乏濃度では増殖阻害による細胞死の他、Ca2+ 過剰流入によるネクローシスやカスパーゼ依存性あるいは非依存性のアポトーシスの誘導、また亜鉛過剰濃度ではその程度によりカスパーゼ依存性のアポトーシスやカスパーゼ非依存性のネクローシスの誘導などが見られる。

亜鉛と細胞性免疫

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